【読了】帝国の参謀 アンドリュー・マーシャルと米国の軍事戦略

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 タイトルからはスーパー軍師孔明みたいな人物に思えるが、全然そんな事はなくて。

要は孫子の兵法の「己を知り敵を知れば百戦危うからず」の究極を目指した方。でいいかな。孫子のコレは滅茶苦茶有名過ぎて散々引用されるんだけど、実は滅茶苦茶難しいんですよ。

 

どう難しいかと言うと…。

クラウゼヴィッツは「戦場の霧」という言葉を書き残したけど、これって相手の戦力や配置、将官、意思決定等々など、神の視点でなければわからないような状況を「霧」という端的に言葉にまとめたのが素晴らしい事で。そして、その中で戦う指揮官に勇気の大事さを伝えているのだけど、当然その霧を晴らす努力も必要で、それが偵察だったりその情報処理する参謀システムの活用だったりするわけですよ。

じゃあそれで相手の事が丸わかりかというと、そんなわけないんですよね。

創作物だと相手を「馬鹿」にするか、味方に「神の如き視点」を与えるのが凄く多い。それを読者に納得させるのが書き手の技量になるんだけど、それは置いておいて。

偵察できるのは相手のあくまで表層部分。リスクを取って威力偵察を行えば、その反撃能力であるていど戦力と練度を推計できるが、あくまで推計。一方的に航空優勢が取れればそれも大分解消されるけど、欺瞞工作やらの可能性は捨てきれないし、後方の事は全然わからない事が多い。これに相手の対応が絡んでくるので、確証を持って動ける事なんてほとんどない。

戦争はギャンブルの積み重ねってよくわかる。

もう一つ大事な事があって、相手は自分の国の歴史やら構造やら宗教やらに、幼い頃からの生活から影響を受けており、その考え方や性質が自分たちと全然違うことがほとんど。必然、自分達の常識が相手の非常識だったりする事もある。つまり自分達の合理性に反する行動を取る事があるんです。どっちが本当に合理的かどうかは関係なくて、まったく自分たちの思考の領域の外側にある事なんで、考え付かなかったり、最初から選択から外したりする。結果、とんでもない奇襲をされたりするわけなんですよ。(逆にあり得ないほど愚かな選択を取ってきた相手を、戸惑いながら返り討ちにする事もある。)

これに個人の思惑や感情などが重なってから、色々な事が決定されるのが世の習わしなので、予測も推計も滅茶苦茶難しい。「敵を知れば」ってのは相手の歴史・文化・体制・地政学・経済等々を詳細に分析して始めて「敵を知る」事になるわけですよ。

こんなのその国の専門家でも難易度ナイトメアだよ…。

 

これに挑戦したのが、アンドリュー・マーシャルさん含む米国60年代中盤からの天才・秀才達で、本書の内容となります。CIAが弾き出していたソ連の軍事費のGDP比が間違っているのではないか?時間は米国に有利なのか、ソ連に有利なのか?

冷戦の霧を晴らそうと分析し、冷戦の勝利に貢献した一人を中心に、その軌跡を追ったお話で、劇的な事は何にもないです。多分、漫然と読んでいたらまったく面白くないでしょう。起伏は多少あるけど、本当に緩やか。じゃあ何が面白いかと言うと、マーシャルさんの考え方で、一番重要なのも多分そこ。本書でよく書かれているのが「治療法ではなく診断を行う」といった言い回しで、これが分析の本質をよく突いている。

 

自分の会社や組織を見てみて、お国全体を見てみて、よく考えてみたい一冊でした。オススメ。